今年も折り返しの時期を迎えました。6月最後の週、私は月曜日に大阪で講演を行い、週の半ばには韓国財閥企業およびプライム市場上場企業の取締役会に出席。さらに株主総会を経て、金曜日には仙台で講演を行いました。取締役会の場で「明日は仙台で講演です」と申し上げたところ、同席していた、ビジネスの最前線で活躍されている女性取締役から「すごい体力ですね」と感心されたほどです(笑)。
さて、講演のテーマは「AI革命の加速と企業経営」。最近では「AI革命があまりに加速しすぎて、大丈夫なのか?」という質問を多く受けるようになってきました。今回の手紙では、その問いに応える形で、次の三点についてお話ししたいと思います。
オックスフォード大学やケンブリッジ大学が公表した「人類を滅ぼす可能性がある13のリスク」の中に、AIが含まれているという事実があること。しかし、同時にAIこそが、残る12のリスクを乗り越える唯一の可能性を秘めていること。さらに、アップルなどの研究によって「AIが世界を支配する」という未来像は、少なくとも今後5〜10年のスパンでは現実化しないという予測が示されていること。以上、三点です。
■ 人類を滅ぼしかねない13のリスク
2010年代後半、ケンブリッジ大学の「存在的リスク研究センター(CSER)」とオックスフォード大学の「未来の人類研究所(Future of Humanity Institute)」は、科学的根拠に基づき、人類の存続を脅かす13の存在的リスクを発表しました。以下にその主な項目を挙げます。
核戦争:地球規模の寒冷化(いわゆる「核の冬」)や文明崩壊の可能性。
人工知能(AI)の暴走:制御不能な敵対的超知能が出現するリスク。
パンデミック(自然発生型):新興ウイルスによる大量死。
バイオテロ・合成生物学:人工ウイルスや細菌兵器の漏洩・テロ。
気候変動の暴走:制御不能なフィードバックループによる生態系と文明の崩壊。
超火山の噴火:日照不足から世界的な飢饉へ。
天体衝突:隕石・小惑星による地球規模の被害(恐竜絶滅レベル)。
ナノテクノロジーの誤用:自己複製型ナノマシンの暴走(グレイグー・シナリオ)。
AIによる社会秩序の崩壊:失業や格差による民主主義の動揺。
地球外からの敵対的知性(理論上のリスク):異星文明による介入。
自然法則の変化:真空崩壊、物理定数の変動など。
技術的特異点(シンギュラリティ):技術進化の加速が人類の進化と乖離し、社会的破綻に至る。
人類の道徳的退廃と意思決定の崩壊:偽情報、政治的分断、感情操作などによる集団知性の劣化。
この中でAIは、「制御可能な技術」であるという点で、他のリスクと一線を画します。
■ AIは「世界を支配しない」:アップルの研究「思考の幻想」より
OpenAIのサム・アルトマン氏、Anthropicのダリオ・アモデイ氏、DeepMindのデミス・ハサビス氏らは、AIが雇用や制度に大きな変化をもたらし、新たな社会契約が必要だと主張しています。
一方、アップルの研究論文「思考の幻想」は、大規模言語モデル(LLM)の「推論能力」には根本的な限界があると指摘しています。AIは人間のように段階的に思考するわけではなく、学習データから尤もらしい文章を生成しているにすぎません。
私は「AIが当面、世界を支配することはない」と考えています。その根拠を5点に整理します。
推論能力の限界 AIの“思考”は幻想であり、実態はパターン認識の集積体にすぎません。
性能向上の停滞とハルシネーション問題 モデルの巨大化にもかかわらず、精度や知性の向上には限界が見られます。
現実業務との乖離 実務では高度な判断やプロセスには依然として人間の関与が必要です。
常識・指導に従えない本質的制 AIは「教えられて修正する」能力を欠いています。
過信と依存のリスク 「人間より賢い」と誤信すること自体が、新たなリスクになっています。
現在のAIは、特化型(narrow)では優れているものの、汎用型(general)にはほど遠い存在です。したがって、「AIが世界を支配する」未来は、少なくとも今後5〜10年の間には訪れないと結論づけられます。
■ AIは他のリスクを克服する鍵となるか
とはいえ、私はAIこそが、残る12のリスクを克服するための唯一の「鍵」であるとも考えています。その理由は以下の5点に整理できます。
複雑系の解析と予測 パンデミックや気候変動など、複雑系の予測にAIは不可欠です。
早期警戒とリアルタイム分析 SNSやセンサーから異常兆候を即時検知し、災害やテロを未然に防ぐ可能性。
合理的な意思決定支援 AIは感情を排し、戦争回避や経済封鎖の判断を補佐する冷静なパートナーとなりえます。
制御可能なリスクであるという点
AIは設計・再設計が可能な「人類が制御できるリスク」です。
社会制度の再設計力
教育、医療、雇用、政治制度を進化させ、持続可能な文明を構築できる可能性を秘めています。
プロメテウスが火をもたらしたとき、神々はそれを恐れました。火は人を焼きもすれば、命を温めもする。AIも同様です。ナイフと同じく、使い方次第で最も危険な道具が最も有用な道具になります。
■ 孫正義氏のAI観
孫正義氏はAIについて次のように語っています。
「AIは人類最大の発明」
> 「AIは蒸気機関、電気、インターネットを超える技術だ」(2017年)
「AIは人間のパートナー」
> 「能力を奪うのではなく、共に進化する存在」(2018年)
「AIは地球規模の課題の解決手段」
> 「気候変動、教育、医療などに対応するのはAIしかない」(2019年)
孫氏の語るAI像は、「人間の進化の共創者」であり、「知性の仲間」としてのパートナーです。私もこの哲学に深く共鳴しています。
■ AI革命と日本の未来
AI革命が加速する今こそ、企業も日本国家もこのパラダイムシフトを正しく理解し、活用していくべきです。企業にとっては、飛躍の経営戦略となり、国家にとっては、再び「成長戦略」を描き直す起点になると私は信じています。
●ビジネスリーダーへの手紙
プロフェッショナル・マネージャーへの7つの習慣
あなたが経営のプロフェッショナルを志していると聞き、とても頼もしく思いました。
ただし、プロフェッショナル・マネージャーの道は「カリスマ」で切り開くものではなく、「習慣」で切り開くものです。
今日は、私自身の経験と学び、そしてピーター・ドラッカーが多くの経営者に観察した共通点をもとに、成果を上げるための「7つの習慣」をお伝えします。
習慣1|「何をすべきか」と自問する習慣
「君がやりたいことではなく、組織が君に求めていることは何か」
・・・ピーター・ドラッカー
アメリカ大統領ハリー・トルーマンは、カリスマ性に欠けると批判されながらも、就任直後に「自分のやりたいこと」ではなく「国が今、求めていること」を最優先に考え、外交政策に集中しました。その結果、マーシャル・プランを実現し、戦後の世界秩序に大きな影響を与えました。
君もまず、「やりたいこと」ではなく、「なすべきこと」を自らに問うてほしい。それがリーダーシップの第一歩です。
習慣2|「正しいこと」を基準に意思決定する習慣
「正しいことは、必ずしも人気があるとは限らない。だが、正しいことをする人が信頼される」
・・・イーロン・マスク(Tesla CEO)
短期的な人気や損得ではなく、「正しさ」に基づいた意思決定をすること。
たとえばGEのジャック・ウェルチは、CEO就任時に自らが望んでいた海外展開よりも、業界で1位または2位になれない事業の整理という困難な決断を下しました。それが、GE再建の出発点でした。
「これは我が社にとって正しいか?」という問いが、誤った熱意や周囲の圧力から君を守ってくれます。
稲盛和夫さんもまた、「動機善なりや、私心なかりしか」という問いを日々自分に投げかけながら経営に臨んでいたそうです。
習慣3|アクション・プランを立てる習慣
「計画は無意味だ。だが、計画を立てることは不可欠だ」
・・・ドワイト・D・アイゼンハワー(第34代米大統領)
ナポレオンも、「戦いは計画どおりに進まない。だが、計画がなければ勝てない」と語ったといいます。
現実は思いどおりにはいかない。それでも準備している者だけが柔軟に対応できるのです。
君のアクション・プランには、明確なゴール、期限、チェックポイントがあるだろうか?PDCAの「P(Plan)」は、プロのマネージャーにとって最も信頼すべき武器です。
習慣4|意思決定に責任を持つ習慣
「責任を取るのがリーダーの第一の仕事である」
・・・セオドア・ルーズベルト(米大統領)
大手製薬会社ファイザーでは、人事判断の結果を半年後にレビューする制度があります。失敗を恐れるのではなく、それを次の意思決定の材料とするためです。部下の失敗は、任命した者の責任。そう考える君は、自然と周囲から信頼されるようになります。
松下幸之助もこう語っています。「成功は部下の努力のおかげ。失敗は経営者の判断ミスによる結果」。
往々にして、この逆の態度を取ってしまいがちですが、常に自省を忘れないでいたいものです。
習慣5|コミュニケーションに責任を持つ習慣
「すべての失敗は、コミュニケーションの不足に始まる」
・・・ピーター・ドラッカー
ゼネラル・モーターズのアルフレッド・スローンは、会議のたびに自ら要約メモを作成し、出席者全員に配布しました。
それが伝達の精度を高め、意思統一と実行力を生んだのです。
君も、上司や部下との間で「伝えたつもり」をなくし、説明し、確認し合うことを習慣にしてほしいと思います。
習慣6|問題よりチャンスに焦点を当てる習慣
「問題は過去。チャンスは未来をつくる」
・・・稲盛和夫(京セラ創業者)
P&Gでは、「最大の成長機会に、最高の人材をつけよ」というルールがあります。トヨタも2000年代、海外展開というチャンスに対して、社内の優秀人材を集中投入しました。問題は片づけるものであり、チャンスは掴みに行くものです。君のエース人材を、問題処理に浪費してはいけません。
孫正義氏も、「問題のある部署にエースを投入するのは愚の骨頂だ」と喝破しています。
習慣7|会議を生産的に運営する習慣
「会議は、1時間で価値を生み出さなければ、全員の1時間を無駄にする」
・・・ジェフ・ベゾス(Amazon創業者)
Amazonでは「PowerPoint禁止」「6ページの事前読解メモ」が導入されています。それは、会議が「話す場」ではなく「決める場」であるからです。会議には目的と形式を明確に設定し、終了後には必ずフォローを行うこと。
「耳を傾け、まとめ、行動を指示する」・・・このプロセスを徹底できれば、会議は君にとって最強の武器となるはずです。
◆プロフェッショナル・マネージャーの黄金律
「まず耳を傾けよ。口を開くのは最後である」
・・・ピーター・ドラッカー
リーダーとは、先に話す者ではなく、最後に話す者です。沈黙は、リーダーの知性と威厳を際立たせるものです。
この「7つの習慣」を意識して積み重ねていけば、どんなに困難な環境にあっても、君は必ずや組織に成果をもたらすプロフェッショナルマネージャーになれるでしょう。
君の強さは、声の大きさや肩書きではなく、「習慣の静かな力」に宿っているのです。それを信じて、日々の実践を続けてください。
嶋聡note 「読む講演シリーズ」「娘との対話シリーズ」、「娘への手紙シリーズ」
石破茂首相が6月15日夜、カナダ西部カナナスキスで開かれるG7サミットに出席するため、政府専用機で羽田空港を出発しました。現地ではトランプ米大統領との首脳会談も予定されており、米国による関税措置の見直しを直接求め、協議の進展を狙うとされています。
これまでの赤沢大臣の交渉を振り返ると、日本の通商交渉は「関税引き下げをお願いする」という姿勢に偏りがちでした。しかし、今回の交渉相手はドナルド・トランプ氏です。彼は単なる政策家ではなく、「勝利の物語」を演出する劇場型の政治家です。トランプ氏が最も求めているのは、「自らが主導して世界を動かした」というストーリーを描くことにあります。
このような相手に対して、日本が取るべき姿勢は「お願い」ではなく、「共演者として舞台に立つこと」です。関税交渉はその舞台の“第3幕”であり、核心ではありません。
〇 大谷翔平に学ぶ「柵越え」の交渉術
ここで私が強調したいのは、大谷翔平選手の存在です。今、アメリカ人が日本に対して好意的な感情を持っている最大の理由の一つは、ドジャースで活躍する大谷選手の存在にあります。
米国人の83%が日本に好意的であるというデータがあります。これは従来の政治的な同盟を超え、文化・経済・感情面での信頼関係が日米間に育っている証拠です。これを外交の“ホームランチャンス”に転化しない手はありません。
石破首相が目指すべきは、この「大谷的構図」の応用です。単に関税を下げてくださいと頭を下げるのではなく、「米日がタッグを組めば世界を制する」という“柵越えの筋書き”をトランプ氏に提示することです。
〇 「日本との交渉はトランプの大チャンス」― WSJの記事より
私は毎朝、アーリーモーニングティーを飲みながら、英『フィナンシャル・タイムズ』と米『ウォール・ストリート・ジャーナル』を読むのが日課です。
6月12日の『ウォール・ストリート・ジャーナル』に「日本にあるトランプ氏の大チャンス - 通商・技術面の連携強化は米に恩恵を与え、中国を抑止する」という記事が掲載されました。執筆したのは、元米下院議員で国防技術の専門家でもあるマイク・ギャラガー氏です。
「トランプ政権はリヤドでAIを軸とした巨額の成果を上げた。次は東京で、それ以上の成果を挙げるときだ」
日米同盟は今や軍事同盟から“戦略経済同盟”へと進化すべきです。日本は製造業、AI、半導体、材料技術において世界の最前線に立っています。米国は日本の軍事的貢献(在日米軍・ミサイル防衛・造船協力など)に深い信頼を寄せています。
ギャラガー氏は「日本は米国の宝を受け入れている。大谷翔平選手のように」と喩えながら、この信頼関係を経済分野にも拡張すべきだと訴えています。
「セクターごとの赤字に固執するな。大谷のように柵越えを狙え」
つまり、関税という“守りの議題”から、AI・エネルギー・デジタル技術という“攻めの同盟”へと、交渉のフレームを転換すべきだという提案です。
ギャラガー氏は中東リヤドでのAI投資を「勝利の物語」と描き、それをトランプ氏の復活の象徴としています。そして「次は東京」と明言していることから、**「次の起死回生の舞台は日本との交渉そのものである」**という流れが明確です。
もはやトランプ氏が望むのは、旧来的なFTA(自由貿易協定)ではありません。彼は外交劇の主役として、東京との交渉ででその続編を演じようとしているのです。このときに必要なのは“関税合意”といった細部ではなく、「経済安全保障共同体の創設」という大テーマです。
たとえば、日本を米国の投資規制から除外する「ホワイトリスト」入りの実現に向けて、無人艇・造船・エネルギー・AI・LNGなどの包括的な技術協定や、「中国の経済侵略から日米を守る新たな経済同盟」の創設を日本側から提案すべきです。
そうした構想が提示できれば、トランプ氏は「日本との共闘により、中国の経済的包囲網を突破した」と誇らしげに宣言できるでしょう。結果として、日本のホワイトリスト入りも現実味を帯びてくるのです。
〇 劇場型外交こそ、石破氏の“柵越え”
ここで明確にしておきたいのは、「劇場型外交=パフォーマンス重視」ではないという点です。政治における“劇場”とは、国民と世界に「共感と物語」を提示する舞台なのです。
松下幸之助氏は言いました。「経営とは演劇である」。舞台に立ち、観客に向き合い、共感を得なければ、どれほど正しい政策も支持されません。石破首相には誠実実直な姿勢があります。しかし今はそれを超えて、「物語」を提示すべきです。日米同盟が経済と安全保障の両面で「世界の民主陣営を導くパートナーシップ」へ進化するという物語を。関税交渉を単なる「条件闘争」として捉えてはいけません。今回のサミットで石破首相が示すべきは、「日米が共に世界秩序を創る時代が来た」というビジョンです。
このビジョンが共有されれば、関税はむしろ副次的な問題となります。“柵越え”とは、目先の利害ではなく、大きな構図を描くこと。そして、その構図の中で相手を主演として迎えることなのです。
ドナルド・トランプという“観客と舞台を同時に欲する男”に対し、石破首相がどのようにこの劇場を演出できるのか・・・今、日本外交の新たな幕が上がろうとしています。
〇 赤沢大臣の交渉は「周最型(=秀才型)」であった
トランプ政権下での自動車関税交渉は、もはや単なる通商論争ではありません。これは、米国内の「雇用回帰」ナショナリズムと、日本の産業主権が真正面から衝突する、国家戦略レベルの戦いです。
赤沢亮正経済再生担当大臣はこの戦場において、6回にわたる訪米、約115分に及ぶ米閣僚との個別会談を重ねてきました。しかし、関税撤廃の「要求は明言せず」、さらに「予断は持たない」との姿勢で臨んでいます。この姿勢は、冷静さと誠実さに満ちています。日本の営業マンが「何度も足を運べば誠意が伝わる」と信じて行動するように、短期間に6度もワシントンを訪れているように見えます。
しかし果たして、このような交渉スタイルで“トランプ劇場”の舞台を動かすことが可能なのでしょうか?私も、かつてソフトバンクによる米国第3位の携帯電話会社スプリントの買収に際して、外国企業による戦略産業買収を監視するCFIUS(対米外国投資委員会)との交渉を担当しました。当時は毎月のようにワシントンに通いました。
その経験から言えば、赤沢大臣の誠実・実直型の交渉スタイルは、日本の官僚型の交渉相手には効果的かもしれません。しかし、アメリカ政治そのものを体現するような存在であるトランプ氏には、通じにくいと考えざるを得ません。トランプ氏が重視するのは「物語」と「見出し」です。劇場型の演出がなければ、赤沢大臣の交渉や日本の主張は霞んでしまうでしょう。
赤沢大臣は、衆議院議員になる前は国土交通省官房のエリート官僚でした。当時、私は現職の衆議院議員として、彼と面識があったと記憶しています。当時の印象どおりならば、トランプ氏との交渉にはあまり向いていないのではないか、というのが私の率直な印象です。
〇 赤沢大臣は『史記』の「周最」ではないか?
赤沢大臣に関税交渉という国難とも言える任務を委ねて本当に乗り切れるのか。この問いに対するヒントは、2000年以上前の中国古典『史記』に見いだすことができます。この2か月間、赤沢経済再生担当大臣はトランプ政権との関税交渉に臨んできました。とりわけ、自動車関税をめぐる交渉は、日本企業にとって年間1.7兆円の損失につながる重大なテーマです。
私がこの交渉経過を見て思い出すのは、『史記』に登場する「周最」という人物です。彼は誠実だが舞台には立てない・・・そんな男として描かれています。
周最は、『史記』「平原君列伝」に登場します。戦国時代、強大化する秦の脅威に直面した趙の名臣・平原君が、連衡(同盟)を結ぶため楚へ使者を送ろうとしたとき、志願したのが清廉で誠実な周最でした。
しかし平原君は、彼の志願を次のように退けます。「子之為人,廉直而無威重,不可以使於諸侯」・・・君は清廉で正直だが、威厳と迫力を欠いており、諸侯への外交には不向きである。
この一文には、「外交において適材を選び送ることこそが大戦略であり、そこには威厳と迫力が不可欠である」という、史記の核心的メッセージが込められています。
〇 赤沢大臣の交渉スタイルと「周最=秀才型」
現代に戻りましょう。赤沢大臣の交渉スタイルは、極めて誠実で実務的です。
彼の発言を追うと、「精力的に調整を進めている」「真摯なやりとりを重ねている」と語りながらも、「要求したかどうかは明言を避け」「予断は持たない」と述べています。
これはまさに「周最」と同じです。正しさはあっても、舞台設計がない。いわば“学校秀才型”の交渉です。
一方、相手はトランプ氏です。彼は「米国に自動車労働者を取り戻す」「関税を上げれば国内に工場が戻る」と、交渉そのものを**「物語」として構成**しています。それに対して、赤沢氏は「論理」と「誠実さ」で応じている。この構図は、交渉の主導権を最初から相手に明け渡しているようなものです。
〇毛遂に学ぶ──物語を語る交渉者
『史記』には、周最のあとに登場する**毛遂(もうすい)**という人物も描かれています。彼は、無名の食客ながら、自らを推して楚への使者に加えてほしいと願い出ます。
そして楚王に対して、こう断言します。ここでは楚王をトランプ氏に重ねて考えるとよいでしょう。「楚若不與趙合,將為秦所滅」・・・今ここで趙と手を結ばなければ、楚もいずれ秦に滅ぼされよう。この一言で楚王の心を動かし、合従策が成立します。
つまり、交渉相手が動くかどうかは、「構図を提示すること」「物語を語ること」にかかっているのです。現代の外交も、もはや合意文書や数字だけで動く時代ではありません。トランプ氏に対しては、「このままでは世界の覇権はアメリカから中国へと移ってしまう」と、明確に伝えることが必要でしょう。
〇人生は芝居
「人生は、自分で演出もし、演技もする、生きた芝居のようなものである。腕次第、やり方次第で、いくらでも良い芝居になりうる」・・・これは松下幸之助氏の言葉です。私が参謀として補佐した孫正義氏は、まさにこの言葉を体現した人物であると言えます。
トランプ関税という国難ともいえる交渉に、総理としてG7の舞台で臨むことは、石破総理にとってまさに男子の本懐でありましょう。
若き日に石破氏が団長を務めたオーストラリア青年議員交流団の一員として、オーストラリアを訪れ、日本の将来の在り方を語り合った石破総理とトランプ大統領との会談に、大いに注目したいと思います。
歴史を動かすような大きな転換点は、派手な報道よりも、静かに語られた「構想」から始まることが多いものです。英フィナンシャル・タイムズ(FT)が5月27日に報じた、ソフトバンクグループの孫正義会長が米国財務省のベッセント長官との協議の中で提案したとされる「日米共同の政府系ファンド(SWF)」構想がそれです。
初期資本が3000億ドル(約42兆8000億円)規模になる必要があるとされ、日米関税交渉が進むなか、ファンドの枠組みは他の国にとっても米国との投資関係のひな型となる可能性があると言われています。ファンドの初期資本3000億ドルは、日本の年間防衛予算の約5.4倍に相当します。つまり、国家防衛の5年分を一気に投じる規模になるのです。
今回はこの構想に注目してみたいと思います。今は、日経や読売は取りげましたが、注目度はそれほど高くないです。ですがいずれ注目される存在になると予想するので、先取りして皆さんにお伝えしたいと思います。
孫正義氏が坂本龍馬ファンなのは良く知られています。坂本龍馬は薩長連合を武器とコメの交換、利で成し遂げましたが、孫正義氏は、日米を国家間ファンドで結び付けようとしています。まさに、21世紀の「坂本龍馬」は本物の坂本龍馬より、スケールが大きいようです。
〇そもそも「孫正義のファンド構想」とは?
まず最初に、今回話題になっている「孫正義氏のファンド構想」とは何か、やさしく整理してみましょう。
今、孫正義氏が提案しているのは、「日米両政府が一緒につくる投資ファンド」です。政府系ファンド-英語ではSWF(ソブリン・ウェルス・ファンド)といいます。中東の産油国などがよく使っている国家の資産運用の仕組みですが、それを日米が手を組んでつくろうというのです。
このファンドは、米国内のAIや次世代インフラに投資する予定です。たとえば、今ソフトバンクが進めている大規模なAIデータセンター構想「Stargate」なども、ファンドの投資先の候補です。
しかもこのファンドは、日米両国の財務省が共同で運営し、民間の投資家や、さらには一般市民が少額で出資できる可能性もあるという“開かれた国家投資ファンド”になる構想です。
こう聞くと、「なんだか壮大すぎてピンとこない」という方もいるかもしれません。けれど、孫氏のねらいはじつに現実的でシンプル。**「政治が揺れても、日米がずっと利益を共有できる仕組みをつくる」**ということなのです。
〇理想より利で動かす-まさに現実主義外交の体現
この孫氏の構想、実は20世紀の国際政治学者ハンス・モーゲンソーが唱えた「現実主義(リアリズム)外交」のど真ん中を行くものです。
モーゲンソーは言いました。「国家は理念で動くのではない。国益=利によって動くのだ」と。つまり、道徳や理念ではなく、“何が得か、何が損か”を基準に外交や国際関係を読み解くべきだ、というのが彼の立場です。
今回のファンド構想もそうです。
●アメリカにとっては「税金を上げずに収入を増やす」手段になる。
●日本にとっては「政権が変わっても変わらない制度」でアメリカとの経済的関係を安定化できる。
政治理念ではなく「利」で両国を結びつける-これこそ、リアリズム外交の原則そのものです。
〇坂本龍馬の「薩長同盟」も、理想ではなく“利”で結んだ
この構図に、筆者はある歴史的人物を重ねたくなります。幕末の坂本龍馬です。
龍馬は、敵対していた薩摩藩と長州藩に「理念ではなく利」を説きました。
薩摩が英商人から武器を買い、それを長州に渡す。長州はその代金として米を薩摩に提供する。
つまり、戦争に必要な物資を“相互利益”で融通し合う経済取引を通じて、政治的な同盟を成立させたのです。
理想を語るのではなく、「これならお互い得する」と示して動かす。龍馬も、現実主義の外交実践者でした。
〇孫正義は現代の龍馬か、それ以上か?
孫氏がやろうとしているのは、まさに現代の薩長同盟です。ただし、相手は“藩”ではなく“国家”。取引されるのは“武器”ではなく“AI”。仲介するのは刀ではなく、ファンド。つまり、スケールの大きさにおいて、孫正義は坂本龍馬を超える存在になる可能性があるのです。
そして何より両者に共通するのは、「メンツ」でも「正義」でもなく、「利」を動かすことで歴史を変える、という冷静かつ大胆な現実主義の精神です。
〇経営への示唆:利を大きく考えよう
この構想が教えてくれるのは、グローバル経営においても「理念」より「利」、つまり共通の利益構造をどうつくるかが、いかに大事かということです。
AI、インフラ、サプライチェーン、気候投資・・・こうしたテーマで企業が国を超えて連携するとき、理念の一致を待つのではなく、「一緒に得する仕組みを設計する」ことが鍵になります。
孫正義氏が見せたのは、まさにその設計図なのです。理念は語られて美しいが、利は動かして強い。それを理論で説いたのがモーゲンソー、実地で試みたのが龍馬、そして今、世界スケールで実装しようとしているのが孫正義なのかもしれません。
坂本龍馬の影響は明治維新という「政治体制の転換」にあった。
その規模は、江戸幕府という権力を倒し、新たな国家を生むという点で、まさに革命的でした。
一方、孫正義氏が今回構想するファンドは、国家を超えて「インフラ」「資本」「テクノロジー」を結び、21世紀型の経済圏と文明基盤を構築しようとする試みです。つまり、これは「政府を変える」のではなく、「経済文明のOSを変える」ことを目指しているのです。
〇現代の龍馬は、本物の龍馬を超えるかもしれない
両者は奇しくも「メンツを越えて利で結ぶ」「越境的に構想する」「技術に賭ける」という3つの点で一致しており、その実行力においても他の追随を許しません。だが、その規模と制度設計の深さにおいて、孫正義氏の構想は龍馬をも超える可能性があります。一時期、「孫正義の参謀」とも呼ばれた私としては、大いに期待するものです。
坂本龍馬が日本という国を近代化へと導く触媒だったとすれば、孫正義氏は世界を次のAI文明へと橋渡しする存在かもしれません。
このSWF構想が実現すれば、それは「官と民の境界線を再定義する」試みとなります。国家の資本が民間の戦略に流れ込み、民間のアントレプレナーが国家の長期戦略を担う。このようなモデルは、冷戦後に欧米が主導してきた「規制緩和+民営化」路線とは異なる、新しい公共性の形を示唆しています。
そして、それを最初に描き出したのが日本人である、という点は我々にとって誇りです。また孫正義氏を参謀として支えた経験のある私にとっても誇りです。
〇政治家よ、スキャンダルでなく世界構想を語れ
最後に。これは、単なるひとつの投資ファンドの話ではありません。国家戦略、技術覇権、財政構造、政治的安定性・・・すべてを内包する、21世紀型の「地政学的資本主義」の幕開けの一手だと考えていただきたい。
日本の政治家は、この構想にどう関わるのでしょうか。外野で見守るのか、あるいは共にその構想を形づくる「パートナー」となるのか。いま問われているのは、その姿勢です。政治家はスキャンダルを追求するのが仕事ではありません。孫正義氏に負けないもっと大きな構想力で、日本を導いてほしいものと、我が後輩でもある、日本の政治家に期待申し上げます。
* 娘への手紙 参謀の条件(2)・・参謀の5つの型
きみが、CEOから「君のお父さんのように、一人で何でもできる参謀はそうはいない。だから何でもできる一人を探すのではなく、チームとして君のお父さんのような働きをする参謀組織をつくってほしい」と言われたと聞いた。それは、私にとって何よりの誉め言葉だ。
戦略とは「未来に橋をかける」ことだ。だが、ただの数字やスローガンでは、橋は架からない。CEOが見ようとしているのは、まだ誰も歩いたことのない道だ。その道を照らし、ときに共に迷い、進むべき方向を指し示す・・・それが「参謀」の役割なんだ。
きみに託されたのは、その「参謀たち」を組織すること。つまり、未来への羅針盤、コンパスをつくる作業だ。以下に、父なりの経験から、きみが選ぶべき5つの「参謀の型」を記しておこう。
一、右利きの参謀・・・構造と実行を司る者
数字に強く、構造化に長けた参謀を1人は持ちなさい。彼らは、CEOの語るビジョンを、ロードマップに翻訳する者だ。予算、工程表、リスク管理・・・現実を見つめ、組織を動かす力を持つ。
だが、彼らが描けるのは「地図」であって「地平線」ではない。その点を見誤ってはならない。このタイプは良い大学卒業生に結構いる。
二、左利きの参謀・・・創造と直観の触媒
創発的な発想をする人、つまり「まだ言語化されていないこと」を察知できる人物を必ず側に置きなさい。彼らは、過去の延長ではなく、断絶の先にある未来を構想できる人だ。
かつてポラロイドの創業者エドウィン・ランドが、3歳の娘の疑問から瞬時にカメラの未来を想像したように・・・偶然から必然を生む者、それがこのタイプだ。
これは、一種の天才であり、組織では理解されない。なぜなら、先見性があるとは定義上少数者だからだ。これも定義だが多数者=正常。少数者=異常。したがって、先見性ある人とは「異常者」=変な人である。CEOも昔は変な人を思われていたのです。
三、触媒型参謀・・・組織に問いを投げる人
彼らは自ら答えを出すのではなく、他者の中に思考の火花を起こす人だ。ときに挑発し、ときに対話を仕掛け、組織全体を動かす知的エネルギーの源となる。
君がまとめるチームには、この「問いの人」を忘れずに。組織の中に「まだ語られていない違和感」に気づく力があるから。
四、ストーリーテラー型参謀・・・ビジョンを語る翻訳者
どんなに優れた戦略も、語られなければ存在しないのと同じだ。だから、「語る力」を持つ参謀を、きみのそばにおきなさい。
歴史、文化、数字、顧客の声・・・それらを編みあげて、CEOのビジョンを“物語”にできる人だ。その物語こそが、社員を動かし、投資家を巻き込み、未来へと導く羅針盤となる。
実は、私がもっとも得意だったのがこのストーリーテラーだ。ある経営学者が「CEOと国会議員も経験したビジョンを語るのが得意な参謀の嶋氏が同じストーリーを語ることで、説得力が増した」と指摘したこともある。
五、外の視点を持つ“他者”・・・組織を相対化する鏡
外部のアドバイザーや、業界外の先達、VC、哲学者、アーティストでも構わない。きみたちの常識を疑ってくれる「第三の目」を持った存在を招き入れよ。
未来の予兆は、いつも“外”からやってくる。井戸の中からは、海の広さは見えないのだから。
きみがこの5つの視点をバランスよく配し、補い合えるチームをつくることができたら-そのとき、CEOは真に「戦略的に孤独ではない」状態を得るだろう。
最後に、ひとつだけ。
「参謀」とは、情報を持つ者ではない。「関係性」を編む者だ。
情報はAIも持てる。でも、人と人、思考と現実、過去と未来をつなぐのは、人間だけだ。だから、君自身が“最初の参謀”として、人を見て、人を信じ、人を活かすこと・・・それが最も大切なんだよ。
父より
前回のメルマガにて、トランプ大統領の関税政策は「抑制と均衡に向かう」と予測いたしました。「アメリカの政治は“抑制と均衡(Checks and Balances)”によって動く。トランプ政権の関税政策も、市場という第三のプレーヤーの出現によって必ずや抑制と均衡に向かうであろう」と。
この原稿を執筆している5月16日現在、米国と中国は90日間の暫定的な関税引き下げで合意し、貿易戦争の最悪の事態に終止符が打たれたとの見方が広がっています。5月12日からの週の米株式市場では、S&P500種株価指数が4%上昇し、年初からの下落分を取り戻しました。結果として、「抑制と均衡に向かう」との予測は的中したことになります。
〇「鉛の時代」脱却の一歩、関税緩和
トランプ氏は「私は関税の信奉者だ。私にとって、辞書の中で最も美しい言葉は『関税』だ」と述べ、関税とそれによるアメリカ製造業の復権こそが、アメリカの黄金時代を招くと主張してきました。
しかし現在では、トランプ氏の関税政策に対する評価は極めて厳しく、欧米のメディアでは、関税政策が招いたのは「鉛の時代」であったと評されています。
5月12日以降、米中両政府は大幅な関税引き下げに合意しました。米国→中国への制度上の関税率は145%から30%へ、中国→米国への報復関税も125%から10%へと、それぞれ大幅に引き下げられました。ただし、本質的な譲歩はゼロに等しく、デジタル・金融・知的財産権など非関税障壁への対応は進展していません。
国際的な論調は、「アメリカ第一」主義が「アメリカ孤立」を招き、対中包囲網の形成に失敗し、同盟外交を放棄したことが戦略的敗北につながった、というものです。
その結果、トランプ政権はいくつかの譲歩を余儀なくされました。USMCA協定の条件に沿って、カナダ・メキシコ製品を関税対象から除外し、英国とは関税引き下げ協定を締結。アップルの働きかけによって、iPhoneなどの電子機器は関税対象外となりました。こうした英国、中国の外交を学び日本政府、石破総理、とりわけ赤沢大臣には、現実的な交渉をお願いしたいところです。
米中関税戦争の緊張緩和は、アメリカの経済予測にも好影響を与えました。オックスフォード・エコノミクスは、米国がリセッション(景気後退)入りする確率を従来の50%超から35%に引き下げ、2025年のGDP成長率見通しも1.2%から1.3%へと上方修正しました。UBS(スイスの大手金融グループ)も、関税緩和によってGDP成長を+0.4ポイント押し上げる効果があると試算しています。
これらの期待が、株式市場を押し上げたといえるでしょう。関税緩和は、まさに「鉛の時代」から脱却する第一歩となるはずです。
〇歴史から見る関税政策
市場における自由な競争が「神の見えざる手」によって公益を実現する——この考え方を提示したアダム・スミスの『国富論』が出版されたのは、アメリカ独立の年でもある1776年でした。
“It is the maxim of every prudent master of a family, never to attempt to make at home what it will cost him more to make than to buy.”
『国富論』第4編 第2章
(賢明な家の主人であれば、買うより高くつくものを無理に自家製しようとはしない。それが家計の鉄則である)
この一文は、スミスが「比較優位」の概念を端的に表現したものです。得意な分野に特化し、その他は貿易に委ねる——この原則は、トランプ大統領の思想とは真逆です。
〇予測は歴史を鏡とせよ
私が予測を立てる際の第一原則は、「短期ではなく長期」で見ること。すなわち、歴史を鏡とすることです。
過去にも、アダム・スミスの自由貿易思想に挑戦した権力者はいました。
第一の例は、ナポレオンによる大陸封鎖令(1806年)です。イギリス経済を封じるべく、ヨーロッパ諸国にイギリス製品の輸入を禁じましたが、その結果、フランスの商人や港湾都市が大打撃を受け、経済は混乱。ロシアの離反を機にロシア遠征へと進み、大敗を喫してナポレオン帝国は崩壊しました。「比較優位に基づく貿易」への挑戦は、帝国崩壊という代償を伴ったのです。
第二の例は、1930年のスムート=ホーリー関税法。世界恐慌下で、米議会が900品目超に高関税を課したこの法律は、スミス思想に真正面から反したものでした。結果として、各国が報復関税を導入し、1929年から1934年にかけて世界の貿易量は65%減少。世界経済は停滞し、大恐慌が長期化しました。
今回の米中関税緊張緩和により、同じ過ちは回避されたと考えられます。
トランプ氏と側近ピーター・ナバロ氏は、関税による国内製造業の復活と「黄金時代」の到来を夢見ていました。しかし、現実に起きたのは「鉛の時代」。ナバロ氏はすでに政界を退き、スミス思想への挑戦はまたも敗れたようです。
〇イギリスの政策転換がもたらした黄金時代
19世紀の大英帝国にも、重要な教訓があります。1815年、イギリスは穀物法(Corn Laws)を制定し、戦後の価格下落を防ぐために外国産小麦に高関税を課しました。これは地主層の利益を守る保護主義政策でしたが、パンの価格が2倍になり、都市労働者の実質所得を圧迫。社会不安が拡大しました。今のアメリカと酷似しています。
やがて産業資本家と労働者が連携し、コブデンやピール首相の努力によって1846年に穀物法は廃止。パンの価格は下落し、労働者の生活は改善。実質賃金の上昇が消費を促し、工業生産が拡大。輸出主導型経済が実現し、イギリスは「世界の工場」となりました。これがヴィクトリア時代の繁栄の始まりです。
約200年後、同じ構図がアメリカで展開されています。トランプ政権は中国製品に高関税を課し、関税戦争に突入。家電・日用品・原材料・食品の価格が上昇し、中間層が打撃を受けました。
現在、関税政策は「抑制と均衡」の方向に転換しつつあり、トランプ氏は、就任後100日で多くを学んだはずです。今回の関税政策緩和は、その第一歩に過ぎません。今後の政策転換次第では、ヴィクトリア時代に似た「黄金の2020年代」が実現するかもしれません。アメリカの知恵に、改めて期待を寄せたいと思います。
〇英国、中国から学ぶ日本の打ち手
「外交とは、左手に理想の旗を高く掲げ、右手で相手としっかり握手を交わすものである」——これが私の外交に対する基本的な姿勢です。
現在、通商をめぐる国際交渉の主役は、トランプ大統領と、近年ホワイトハウス内でめきめきと影響力を強めているベッセント財務長官です。日本はこれまで、米国に対して関税の全面撤廃を一貫して求めてきました。しかし今、世界の通商交渉の潮流は、“段階的緩和”によって実利を確保する戦略へと移行しています。
とりわけ注目すべきは、中国の戦術転換です。
2025年4月、中国はトランプ政権と、最大115%の関税引き下げに合意しました。その結果、実質的な関税負担は約35%に低下したとUBSは試算しています。この合意によって市場の動揺は抑えられ、人民元や中国株の安定にも寄与しました。
ここで重要なのは、中国が全面撤廃を主張しなかったという事実です。あえて理想を一時棚上げし、現実的な段階的合意を優先したのです。これは「譲歩」ではありません。むしろ、長期戦を有利に展開するための布石であり、実利と交渉余地を残すための**“柔らかな強さ”**の発露にほかなりません。
まさにここで思い出されるのが、『国際政治』の著者ハンス・J・モーゲンソーの次の言葉です。
“The political realist thinks in terms of interest defined as power, not in terms of motives or ideologies.”
- Hans J. Morgenthau, Politics Among Nations(1948)
「政治的リアリストは、動機や理念ではなく、“権力として定義された国益”の観点から物事を考える。」
日本はこれまで、「関税ゼロ」という自由貿易の理想を掲げてきました。しかし、現実を見れば、英国も中国も完全撤廃は実現していません。
英国は「年間10万台の自動車に限って、関税を25%から10%に引き下げる枠」を獲得しましたが、基本税率10%の撤廃は認められませんでした。中国は、「段階的な関税緩和」によって実質的なコスト負担を抑えつつ、交渉余地を確保するという現実的な成果を手にしています。
日本もまた、「段階的引き下げ」という現実的なステップを踏むことにより、まずは上乗せ14%分の撤廃を実現し、次の交渉への地盤を確保すべきです。
自由貿易を本気で推進するならば、その前提となるのは競争力ある国内産業基盤の維持です。たとえば自動車産業は、日本のGDPの約1割、雇用の約8%を支える“国の背骨”とも言える産業です。この基幹産業に対する25%の追加関税と14%の上乗せ関税が発動されれば、地方経済や中小企業、下請企業に深刻な打撃を与える可能性があります。
まず守るべきものを守る。それこそが、自由貿易という理想を持続させるための現実主義外交であり、中国が先に選んだ道でもあります。
6月にカナダで開催されるG7サミットでは、日米首脳会談が予定されています。いま日本が取るべきは、**理想と現実を巧みに組み合わせた「二層構造の交渉戦略」**です。
首相は引き続き「撤廃」という理念を掲げ、対外的メッセージの旗を降ろさずにおくべきです。一方で、交渉を担う赤沢経済再生担当相は、「見直し」や「段階合意」といった現実的な戦略を進めることが、賢明な外交のかたちだと私は考えます。
最後に、再びモーゲンソーの言葉を引用させていただきます。
“Diplomacy must take the world as it is and try to make it better.”
- Hans J. Morgenthau
「外交とは、世界をありのままに受け入れ、それをより良くしようとする営みである。」
左手には自由貿易という理想の旗を、右手では雇用と産業を守る握手を——。
その両手を駆使してこそ、日本の国益は守られ、理想は未来へとつながっていくと、私は信じています。
トランプ大統領就任から100日が過ぎました。一般に「100日間はハネムーン」と呼ばれますが、今回のハネムーンは、まるで暴風雨の中の新婚旅行のようでした(笑)。
プーチン大統領は、トランプ政権との関係を通じて復権の兆しを見せています。また、ドナルド・トランプ氏の側近は、「短期的な市場の混乱はやむを得ない」と発言し、「トランプ・プット(株価下支え)はない」と言い切りました。トランプ氏は、金利引き下げに慎重なFRBのパウエル議長を解任しようと試みましたが、これにより、「アメリカは本当に法治国家なのか?」「この暴走を、もはや誰も止められないのではないか?」といった不安が世界を覆いました。
しかし、この100日間で、アメリカという国には二つの強力な抑制力が存在することが改めて明らかになりました。すなわち、アメリカは単なるトランプ大統領の意志だけでは動かない国であるという事実です。
一つは、建国以来の制度的抑制――**Checks and Balances(抑制と均衡)**です。もう一つは、現代社会における新たなプレイヤー――**市場(マーケット)**です。
アメリカ建国の父たち、マディソン、ハミルトン、ジェイは、「人間は天使ではない」という厳しい現実認識から出発しました。
“If men were angels, no government would be necessary.”(人間が天使ならば、政府は必要ない。)
このように語ったマディソンは、権力を分散させ、互いに監視し合うシステム――すなわち立法・行政・司法の三権分立による抑制と均衡の制度を築きました。この制度は、大統領といえども独断では何もできないように設計されているのです。すなわち、フェデラリストたちが構想した建国理念は、今もなお機能しているのです。
さらに、もう一つ現代的な抑制力として存在するのが市場です。株式市場、債券市場、為替市場――トランプ氏が強硬な関税政策を打ち出すたびに、株価は急落し、債券利回りは乱高下しました。そのたびに、ホワイトハウスは政策方針の微修正を余儀なくされたのです。まさに、市場が「見えざる手」として大統領を抑制したといえます。
ここにこそ、現代アメリカ政治のもう一つのリアルがあります。
この構図をゲーム理論で考えてみましょう。かつての国際政治は「アメリカ vs 中国」のような二国間ゲームが主流でしたが、現在では、第三のプレイヤーである市場が登場し、米中関係は三者ゲームの時代に入りました。
市場は、どちらか一方が極端な行動をとれば、即座にペナルティを与えます。もはや金利政策も関税政策も、極端な振れ方は許されません。制度が力を抑え、市場が行動を制御し、アメリカという国家そのものが「抑制と均衡」を内蔵した存在だからです。これが、私がこの100日で学んだことです。
〇トランプ関税政策も「抑制と均衡」に向かう
「民主社会の真の偉大さは、力を行使することではなく、力を抑制する晴れやかさにある。」
――これは、『アメリカの民主主義』で知られるアレクシ・ド・トクヴィルの言葉です。彼は、アメリカ社会が自由を追求する一方で、権力の集中を恐れ、「制度と均衡」の仕組みを非常に重視していたことを高く評価しています。特に、民主主義の暴走を防ぐため、制度的な**自制心(self-restraint)**を組み込んでいた点に注目しました。
トクヴィルが見抜いたのは、単なる「民意の尊重」ではなく、「制度と文化が自由を守る盾となっている」という本質です。
100日の嵐のハネムーンを経て、トランプ大統領もその側近たちも、多くを学んだはずです。今後、関税政策をはじめとする一連の強硬姿勢も、次第に「抑制と均衡」の方向に向かうと私は予測しています。
実際、「トランプ政権による自動車業界への関税政策の緩和」というニュースが報じられました。これは、供給網の混乱、価格高騰、雇用喪失を懸念した自動車業界の激しいロビー活動の成果だといえます。
現在の関税制度は、「フェンタニル関税(20%)」「鉄鋼・アルミ関税」さらには最大125%に達する「相互関税」といった多層構造になっており、対象や例外が入り組んでいます。しかし、自動車業界には一部の緩和措置が取られ、4月2日の「解放の日」以降、政策の軌道修正が進みつつあります。
トランプ氏はこの日、ほぼすべての国に対して50%の関税を課すと発表しましたが、市場の急落を受け、実施は10%に抑えられました。その後、自動車業界を“例外”として扱う方針を明言し、選挙を見据えたターゲット型支援へと転換しています。
今後、考えられる展開は以下の三つです。
「選挙向け調整」型
経済への悪影響を考慮し、自動車部品への関税を段階的に緩和する方針。これは日本にとって最も望ましいシナリオです。
「中国包囲網」型
フェンタニル対策を名目に、中国製部品への関税を強化。米国内製造やUSMCA域内製造への回帰を促す動きが強まります。結果として、中国依存度の高い日本や欧州のサプライチェーンは大きく揺さぶられます。
「政策混乱」型
関税対象が頻繁に変更され、予測不能な通商政策が続く。これは世界経済にとって最悪のシナリオです。
現在、関税政策は経済政策というよりも、地政学や選挙戦略の道具と化しています。このリスクとチャンスを正しく見極め、変化に動じない企業戦略を構築すべき時が来ています。
〇トランプがパウエルを解任できなかった理由
FRB議長の解任には厳格な法的要件があります。米連邦準備法により、FRB理事(議長を含む)は「正当な理由(cause)」がなければ任期中に解任できません。ここでいう「正当な理由」とは、違法行為、不正行為、あるいは重大な不適格に限られ、「大統領と意見が違う」といった理由では該当しません。
さらに、**1935年の連邦最高裁判決「ハンフリーの遺言執行者事件」**により、大統領による独立機関長の恣意的な解任は明確に禁じられています。
加えて、金利引き下げを決定するのはFRB議長一人ではなく、**連邦公開市場委員会(FOMC)**の合議制に基づいて行われます。たとえパウエル議長の解任に成功しても、FOMC構成メンバーの多くが現行の金融政策を支持しているため、金利政策の変更は現実的に困難な状況にありました。
こうした中、パウエル解任の試みは、訴訟リスクや市場の大混乱を招くおそれがあると指摘され、特に米国債利回りの急騰やドルの信認低下につながるリスクが懸念されました。財務長官ベッセント氏も「市場の反応」を重視して大統領に進言し、最終的にトランプ氏は解任を断念しました。
「株式市場が暴落するなら、われわれは考え直さざるを得ないだろう。」
――これは2019年、トランプ氏自身が発した言葉です。今回も、この言葉が現実となったのです。
このFRB議長解任問題においても、法・制度・市場という三重の壁が、トランプ氏の強権的衝動を抑え込みました。トクヴィルの視点を借りれば、まさに「アメリカの民主主義が本来備えている自己抑制機能が働いた」と言えるでしょう。
嵐のような100日間のハネムーンを経て、今後は「抑制と均衡」を目指す方向にアメリカ政治は動いていく――これが、私の確信です。敬具
〇娘への手紙 「備えとは、恐れるためにあるのではない。未来を守るためにある」
さて、今回は「嶋聡からの手紙」の最後を、仮想の娘「愛への手紙」という形式で締めくくりたいと思います。
この「愛」は、慶應義塾大学経済学部を卒業後、日本の一流企業に勤務し、現在は社会人10年目のビジネスエリートという設定です。
これまで「嶋聡からの手紙」は少々専門的すぎるとのご感想を多くいただいておりましたので、今回は少し趣向を変えてみました。お読みいただき、ご感想をいただければ幸いです。
娘、愛へ
今日は、アメリカで起きていることを一つ、君と共有したい。
バージニア州に住むフォスターさんという、教育関連の仕事に従事する男性が、かつてトランプ政権下の経済好調を信じて再びトランプに投票した。
ところが数か月後、関税政策の影響で物価は上昇し、株価は下落、自分の退職金口座すら怖くて開けられない状態になっているという。
また、ペンシルベニア州のサンフォードさんという女性は、缶詰工場で働きながら家計を支えていたが、関税の影響で工場も資産も打撃を受け、
さらには医療支援の縮小により、大学進学を控える息子の未来まで脅かされていると話していた。
私はこの報道を読みながら、
「これは他人事ではない。いずれ日本でも起こりうることかもしれない」と強く感じた。
なぜなら、日本はアメリカ以上に輸入に依存している国だからだ。食料も、エネルギーも、医薬品も。
アメリカが打ち出す政策の余波を、日本はダイレクトに受けやすい構造になっている。
かつて中曽根改革がレーガン政権を追いかけたように、今もなお日本の政策は、アメリカに「正当性を与えてもらう」ことで動きやすくなる。
だからこそ、アメリカ型のインフレ、格差、生活困難が、数年遅れて日本に上陸してくる可能性は十分にあるのだ。
そこで、君に伝えておきたい。これからの時代に必要なのは、「危機を恐れる」ことではない。未来を守るために、静かに、しかし確実に備えることだ。
私はそのための行動を、次の三つに整理してみた。
1) 生活必需インフラへのリスクヘッジを強化すること
これは個人でも企業でも同じだ。食料とエネルギー、この二つへの備えが最も重要になる。
君の会社がもしグローバルに調達しているなら、調達先の分散、省エネ型の設備投資、リスクシナリオの検討を急いでほしい。
個人としても、エネルギー消費を抑え、国産や地産の食品を意識するだけで、リスク耐性は大きく変わってくる。
2) 資産運用と事業モデルを「インフレ対応型」に切り替えること
預貯金だけでは守れない時代が来る。不動産、金、インフレ連動債――お金の「居場所」も変えていくべきだ。
iDeCoやNISAも、「将来の物価上昇リスク」を前提に設計し直すことが必要だ。
そして企業も、安く輸入して売るモデルから、付加価値を生む国産・輸出型の体質に転換していかなければならない。
「値上げできる商品」こそが、インフレ時代における王道である。
3) 社会保障や教育制度に対して「自己防衛」の意識を持つこと
国や自治体に頼れる範囲は、これから間違いなく縮小していく。老後資金も、医療費も、教育費も、自ら構えていく時代だ。
君のような世代こそ、「国家を前提としない」ライフプランを立ててほしい。
そして会社としても、社員の生活や福祉を守る責任が大きくなる。
地域との共助や制度設計を支援する側に回ることが、企業の信用力に直結する時代になる。
私は常に思う。変化の時代において最も問われるのは、「危機を見通す力」ではない。
それに備える勇気と実行力こそが問われるのだ。
備えとは、恐れるためにあるのではない。未来を守るためにある。
君の未来と、君の仲間たちの未来が、静かな備えによって守られていくことを、私は心から願っている。
父より
「娘への手紙」形式について、ご感想をいただければ幸いです。もしご好評をいただけるようでしたら、今後もこの形式を継続していこうと考えております。
嶋聡note 「読む講演シリーズ」「娘との対話シリーズ」、「娘への手紙シリーズ」
テスラのCEO、イーロン・マスクが「もし、何も変わらなければ日本は消滅するだろう」とツィートしました。2023年の日本の出生数が75万8631人と、統計開始以来の過去最少を更新したことを受けた投稿です。
2022年5月に「出生率が死亡率を上回るような劇的な変化がない限り、日本はいずれ存在しなくなるだろう」とツィートしたのに続き、2回目です。2年間、政治は対処できず「何も変わらなかった」ことに対する警鐘と言えましょう。
〇関西三都は人口減少都市
大阪、京都は人口減少が問題となっています。令和三年の人口減少都市ランキングでは1位が京都で11913人減少(総務省)。2位が神戸市の9208人、3位が北九州の8126人、4位が大阪の7766人となっています。
大阪を含む関西の三都が人口減少都市の上位なのです。これは社会的流出入も含んでいますが、東京に次ぐ、第二の中心地、関西の三都にイーロン・マスクのいう「出生率と死亡率が上回るような劇的な変化」が起きない限り、「日本は消滅」してしまうでしょう。逆に、日本を消滅させない鍵となる地域が、大阪、京都を中心とする関西だと思います。
大阪での講演ですので、当然、大阪万博の話となります。「ニュースでは、万博は間に合うのかという話しか聞こえてきませんが」というと、「日本人のことですから、必ず間に合わせます。1970年の万博の時もギリギリでしたし、始まる前あまり評判はよくありませんでした」との答え。
たしかに「太陽の塔」のあった「お祭り広場」の大屋根の工事は開会式直前までかかったそうです。また、大阪万博の前哨戦となったモントリオール博(EXPO67,カナダ)での日本館の評判は散々でした。しかし、開会されてみると6400万人の入場者だったのです。
私も小学校6年生でしたが、故郷の岐阜から3度行きました。5000年先の人類に残す松下館の「タイムカプセル」に影響され卒業の時に「タイムカプセル」を埋めたりしました。いわゆる欧米系の「外人」を見たのも万博が初めてでしたし、コンパニオンのお姉さんがきれいで英語を話しているのを見てびっくりしたものです。あの頃の関西は元気があったように思います。
〇次代のイノベーションを大衆化する万博
万博はイノベーションを起こす技術導入を一挙に広げ、大衆化させます。今や、ニューヨークは摩天楼が林立していますが、この摩天楼を可能にしたイノベーションとは何か。「エレベーター」です。階段しかなければ地上30階とか40階は無理でしょう。
1853年に開催されたニューヨーク万博。発明家エリシャス・モーチスの「安全エレベーター」が出展されました。「安全」というのは巻き上げロープが切れた際の落下防止装置を備えていることでした。これが世界初の実用的なエレベーターとなり、多くの大衆の関心を買い、「エレべーターは危険でなく安全」という意識改革をもたらします。
三年後、大衆が万博で安全と思ったオーチスの旅客用エレベーターがニューヨーク市の店舗に設置されることとなります。それが受け、一挙に摩天楼建設が進んだのです。
アメリカ合衆国独立100年記念の1876年、独立宣言の地フィラデルフィアのフェアモント公園で万博が開かれました。ここではタイプライターやグラハム・ベルの電話が出展されました。タイプライターは、コンピューターの巨人、IBMを生みます。電話から始まった通信がその後、インターネットとなり、現在のGAFAMにつながっていきます。
日本からは内務郷大久保利通を総裁にして、副総裁の西郷従道と事務官の田中芳男が現地へ派遣されます。その時の日本館で人気を集めたのはパチ、パチとソロバンをはじき計算の実演をした手島精一(後の教育博物館館長)だったそうです。アメリカとは大変な差がありました。
1970年の大阪万博では後の携帯電話につながるワイヤレステレフォンが、さらに、テスラの成長を支えるEV(電気自動車)が出展されています。
2025年の関西万博でも、日本を「劇的に変える」イノベーションの出展がされることを期待します。とくに次代につながるAI革命や電気自動車の画期的なイノベーションが見られるとよいですね。
〇明治維新後の人口減少
京都は明治維新で「人口減少の危機」に直面します。江戸が東京になり、元号が明治となり、天皇陛下も公家も東京に移ります。超安定的で巨大な内需、皇室需要が一挙になくなります。
京都の人口は35万人から25万人に激減します。しかも、禁門の変(1863)の大火で800か町,2万7000世帯,そのほか土蔵や寺社などが罹災したままで復興が進んでいませんでした。東本願寺・本能寺が焼失。私が今回訪問した「御幸桜」の華道家元池坊で知られる六角堂も罹災したようです。
そこで、京都がとった方策が「海外からの需要」を呼び込む、具体的には「海外から観光客を呼ぶこと」でした。同志社大学の創設者である新島襄の活躍で街角ごとに通訳ができる案内役、ガイドをおくことまでしたそうです。
2013年の大河ドラマ「八重の桜」で綾瀬はるかさん演じるヒロインの新島八重は新島襄の奥さんです。幕末会津に生まれ、板垣退助率いる新政府軍に対し、鶴ヶ城から最新のスペンサー銃を撃ち「幕末のジャンヌダルク」と言われた女性です。旧姓山本八重、会津藩砲術師範の家に生まれました。
山本八重のお兄さんが京都府顧問、京都商工会議所二代目会頭の山本覚馬です。禁門の変では「蛤御門」で長州藩を撃退します。しかし、鳥羽伏見の戦いで薩摩藩の捕虜となり、幽閉されます。
幽閉期間中にまとめた「山本覚馬建白(通称、管見)」が岩倉具視らの目にとまります。建白書は具体的で、女子教育の奨励、健康のために肉を食することなどもあったそうです。覚馬は明治3年(1870年)、京都府顧問として迎えられます。日本初の博覧会を京都西本願寺で開催。観光客として外国人を招き入れて、西陣織をはじめ京都の地場産業の振興、新島襄が同志社大学を創設するとき支援したりします。
「ローマ人の物語」を書いた塩野七生はローマ帝国発展の大きな要因は「敗者をも同化する寛容の精神」と述べました。敗者である会津藩出身の山本覚馬を京都復興のために招聘した岩倉具視はローマと同じ「敗者への寛容の精神」を持っていたようです。
〇京都銘柄と京都銀行
京都銀行は日本電産、任天堂などのいわゆる京都銘柄を株式として保有し、8000億円を超える含み資産を持つことで有名です。2年ほど前、京都銀行の研究所主催の講演に2年前に及びいただきました。その京都銀行を傘下に持つ京都フィナンシャルグループ(FG)が、地域の中堅・中小企業や老舗企業に資本支援する1000億円のファンドを4月1日に立ち上げるというニュースを興味深く拝見しました。中小企業などの資本支援は政府系金融機関が担うことが多く、地方銀行が独自に大規模ファンドをつくるのは珍しいからです。
京都銀行は京都北部の福知山市に本店を持つ「丹和銀行」がその前身で、1951年に「京都銀行」に改名します。その頃、京都には三井や住友など当時のメガバンクが全て出店していましたが、「たまたま『京都銀行』という名前があいていた」ので「京都銀行」としたのだそうです。
といっても、当時のメガバンク全部が支店をおいている京都では融資競争も大変だったのでしょう。有名大企業でなく、京都に本拠を置く「まだまだ発展途上の元気な会社」に融資、さらには出資したのが日本電産や任天堂に成長したのだということをお聞きしました。
話を聞きながら、「なるほど、今や世界的ゲーム機の任天堂もかつては花札・トランプの会社だった。花札・トランプではメガバンクの敷居は高かっただろうな」と思いました。
〇シュンペーターの「企業家」と「銀行家」
ケインズと並ぶ偉大な経済学者シュンペーターは経済発展をもたらすにはイノベーションが重要と述べました。シュンペーターはイノベーションには「企業家」だけでなく「銀行家」が大事だと主張します。
まず「企業家」がアイデァ、新しい技術の結合を持ち込みます。それに「銀行家」が信用創造を通じて投資資金を企業家に提供します。これで、はじめてイノベーションが実現し、経済発展は進むというのです。
イノベーションの実現において、銀行家は2つの役割を果たします。ひとつは、「目利き」。企業家を見定め、識別するです。もうひとつは「企業支援」。いったん資金提供を始めた後、ビジネス・マッチングや新市場についての情報提供をはじめとして、企業の業績改善につながる情報提供を行うことです。
各地方に基盤をおく地方銀行、信用金庫、信用組合などが「まだまだ発展途上だが元気な会社」に投融資すること。さらにネットワークを活かし、「企業支援」をしてシュンペーターの言う「銀行家」の役割を果たすこと。これが地域再生、さらに日本の復活に重要と考えます。
京都銀行はおそらく、シュンペーターのいう「銀行家」としての役割を果たされたのでしょう。それが、京都銘柄企業の成長と発展につながったのだと思います。
人口減少ランキングでワースト1位の京都です。しかし、京都は欧米からの観光客であふれており、任天堂、日本電産、京セラなど京都銘柄と呼ばれるグローバルに戦う企業群が元気です。
私の尊敬する友人である松井孝治氏がこの3月より京都の新市長になりました。京都が元気になり、日本全国に波及し、イーロン・マスクの「日本は消えてなくなる」発言の修正ツィートが近い将来、世界に流れることを期待いたします。
日経平均があっというまに4万円を超えました。現在は急速な上昇の調整局面でもあるようですが、投資会社ブラックロックのラリー・フィンクCEOが日本の繁栄の1980年代を想起して「歴史は繰り返す。今、起きつつある奇跡はもっと長く続くだろう」と述べました。私も100パーセント同意します。
1967年秋、今から半世紀以上前のことです。松下幸之助は「株式の大衆化で新たな繁栄を」と題した提言を発表しました。「一般の人が喜んで株に投資し、それを長期にわたって保持することが結局利益になるような配慮を、企業もまた政治の上でもしていかなくてはならない」というのです。今の日本は松下幸之助の提言に学び、「株式の大衆化で日本復活を」を目指すときと思います。
新NISA導入で多くの人が株式投資に注目しています。ただ1989年末の38,915円の史上最高値を34年ぶりに抜いたといっても、要は元に戻っただけの1倍。NY ダウの1989年末の終値は2633ドル。現在は約38000ドルですから約15倍です。
政治が株式の大衆化で「株主目線」になり34年後に日経平均をアメリカ並みの15倍にするという政策目標をたてる。現在4万円の15倍というと、60万円です。そうなれば、老後の資金問題もかなり解決するのではないでしょうか。
〇一直線の衰亡はない
私は国家の興亡と衰退を研究するのが好きで、塩野七生さんの「ローマ人の物語」「海の都の物語」などは何度も読んでいますし、中国の十八史略、史記、戦国策は座座右の書です。その中から学んだことは、いったん大をなした文明、国は直線的には衰亡には向かわないということです。
一時期繁栄した国は衰亡の兆しが表れた後、何回かの浮沈を繰り返します。英国病と言われたイギリスがサッチャー政権で復活し、20世紀で繁栄が終わるかと思われたアメリカが、IT革命とGAFAMの台頭で再び復活しました。
日本に勢いがあり、ハーバード大学のエズラボーゲル教授が「ジャパンアズナンバー1」を出版したのが1979年です。私は当時大学生で興奮して読んだものです。アーサー・ヘイリーの小説「自動車」ではなぜアメリカ車の品質が悪いのかということが詳細に書かれていました。アメリカの衰亡と日本の興隆はまちがいないというのが当時の雰囲気でした。
アメリカを復活させた要因の一つが1980年代のガバナンス改革です。米国はコーポレートガバナンスを強化、社外取締役を強化し、友人で占められ、株主目線でなく不信を放置していた取締役会を変えました。
ファンドも経営者に意識改革を迫りました。名経営者として知られるGEのジャック・ウェルチは「(株主に対して)説明責任を果たせない経営者にKKR(アメリカに本社をおくファンド)が規律をもたらした」と述べました。
もう一つはアメリカがIT革命のパラダイムシフトに大きく乗ったことです。アメリカが駄目になったといわれていた1975年にマイクロソフトが、1976年にアップルが創業されました。「衰亡の兆し」がある中に「復活の芽」が出ていたのです。製造業が中心で「インターネット」に懐疑的だった日本はこの大波に乗りおくれ衰退します。
日本でもガバナンス改革が進みつつあります。私もいくつかの会社の社外取締役を勤めています。海外の日本株再評価も日本の経営が株主視線重視に変わりつつあることを評価していると言えます。アメリカから30年以上遅れていますが(笑)
IT革命に変わり、AI革命が起こりつつあります。AI革命において専門家の開発競争である第一フェーズは米国と中国の争いで日本は蚊帳の外です。ただ、これから一般の人が使い、応用技術となる第二フェーズは日本の得意分野です。まだ間に合います。日本復活の鍵はAI革命第二フェーズにいかにのるかにあります。
〇日立から離れたKE成功の鍵「オーナー管理職」
衆議院議員前議員会という衆議院の同窓会があります。毎年1-2回、講演がありそののち衆議院議長公邸で着席の昼食会があります。昨年、日立出身の先輩大臣経験者と隣り合わせになりました。ちょうど、その頃日立の株価が上昇し、日立の復活が注目されていたので「良かったですね」と言いました。
その時、KEという会社の話を聞きました。KEは半導体製造装置のKOKUSAI ELECTRIC(KE)。日立製作所グループの一部門だったのですが日立が「中核事業ではない」と見切ったため、2017年に買収した米投資会社KKRの下で改革しました。「日立という名前も消えてしまった。働いている人は複雑だろうな」というのが先輩大臣経験者の意見でした。「でも市場が評価しているから良いではないですか」との私の言葉にも複雑な表情でした。
KEの株価は昨年10月の上場以来2倍に急騰しました。日経新聞によると「日立時代は、資金を使うにも他部門との調整に追われて規模もスピードもなかった。今は研究開発や設備への投資が倍速で進む。日立を離れた17年まで遡ると、株価は30倍に化けた」とのことです。
私が注目したのは「攻めに駆り立てたのは、部長以上が株主になるしくみだ」というものでした。部長以上の約150人が会社の株を持ちオーナーの意識で働いた結果、保有する株の価値は一人平均2億円以上に膨らんだというのです。社員であり、会社のオーナーであるという意識が会社を成長させ、それが結果として、株価の上昇につながりました。管理職が「オーナー」である「オーナー管理職」が会社を発展させたのです。
〇創業者でなくとも「オーナー経営者」になる方法
2021年3月、携帯電話会社ソフトバンクの社長に就任したばかりの宮川潤一氏は個人として会社から借り入れた資金でソフトバンク株200億円を市場から買い付けると発表し注目を集めました。
社長が自社株を購入し、保有すること自体は一般的なことで珍しいことではありません。経営陣が中期的な企業価値向上をめざす意識付けとしてむしろ推奨されているといっていいでしょう。ただ、200億円という巨額の自社株を会社から融資を受けて購入する例は今までにないと思います。
宮川氏はすでにソフトバンク株を約47万株保有していました。仮に3月末時点の株価で200億円規模の追加購入をすると、合わせて約1437万株(発行済み株式の0.3%)の保有になりました。
グループ創業者の孫正義氏は親会社ソフトバンクグループの株は24.6%持っていますがソフトバンク携帯株は80万株しか持っていません。宮川氏の1437万株は役員の中で、ダントツとなります。宮川氏は「創業者でないオーナー経営者」になったともいえます。
当然、株価下落のリスクがあります。10%下がったら20億、30%下がったら60億円です。相当な覚悟が必要だったと思います。。
ソフトバンクが宮川氏に資金を全額融資し、購入する株式を担保としました。経営トップとして業績と株価に責任を持つ姿勢を明確にするもので、宮川氏がソフトバンクグループの孫正義会長兼社長らと経営トップの責任について議論する中で、自社株買いのアイデアが出たといいます。
宮川氏は「私個人として当社株式を保有することで、事業環境がいかに変化しようとも乗り越えていくという決意と、当社事業の成長を望む強い気持ちをステークホルダーの皆さまと共有したい」と述べました。
3年が経ちました。2021年4月に約1400円であったソフトバンクの株価は、現在2000円を伺うところまで上昇しています。約35%の上昇です。200億円ですから約70億円の含み益ということになります。
90年代以降、IT革命にのり起業し、ある程度成功した企業が後継者を考える時期に来ています。それらの企業の後継者に株主目線を持たせるためには、ソフトバンクの「創業者でないオーナー経営者」になる宮川方式を参考にしていただきたいと思います。
〇株式の大衆化で日本復活を
NISAが導入されたこともあり、多くの人が株式投資に興味を持ち始めています。松下幸之助は前述の「株式の大衆化で新たな繁栄を」と題した提言でより具体的に「政府に望みたいことは、政府みずからが株式の大衆化なり株主尊重の意義を正しく認識、評価することである」「その上に立って、すべての国民に株式をもつことを奨励、要望し、それを実現するための具体的な奨励策、優遇策というものを大いに打ち出すことが大事だと思う」と述べます。
松下幸之助は「たとえば株を持つために融資するとか、奨励金を出すとか、あるいは一定以下の少数株主の場合は税金をタダにするとか、きめ細かい施策」を講ずべきだと具体的に述べています。
「オマハの賢人」と呼ばれるウォーレン・バフェット氏は「株主への手紙」で「米国は投資家にとって素晴らしい国」と母国市場に絶大なる信頼を示しました。日本を「投資家にとって素晴らしい国」にできるよう、政治家は知恵と汗を出すべきだと思います。
裏金問題も大事でしょうが、国会はぜひとも「株式大衆化の優遇策」と「投資家にとって素晴らしい国にするには」を議論してもらいたいと思います。昭和の呪縛から解き放たれ日経平均が4万円を超えた今こそ、日本復活の最後のチャンスかもしれないのですから。
小寒の候 年明けから悲しいニュースが続きました。小寒の入り、鎌倉は春のような陽気でした。鎌倉、円覚寺には初梅が咲いていました。
「本年もいずれ良きことある予感 小寒の日に梅の咲ければ」
〇GDPの呪縛をはなれ「最大」でなく「最良の国」を
昨年末には日本のGDPがドイツに抜かれて4位になるとか、一人当たりGDPがイタリアに抜かれてG7最下位になるというニュースが流れました。日本のGDPは世界第2位でアメリカに次ぐのが常識だった昭和世代にはショックなニュースでした。日本の一人当たり名目GDPは3万4064ドルとなりました。イタリアに抜かれて主要7カ国(G7)で最下位です。ラテン気質で人生を楽しむことが最高と思っているイタリア人より低いというのも割り切れないものがあります。
1人当たりGDPが香港や台湾にも抜かれているのは、銀座へ行くとよくわかります。銀座和光でグランドセイコー「桜隠し」を買っていたのは香港や台湾の人。日本人はその通訳です。私は京都へよく行くのですが、嵐山では香港、台湾の富裕な観光客を乗せた人力車を日本の若者が引いています。おそらく、いずれ韓国にも抜かれるでしょう。
ただ、あまりGDPに囚われるのも考え物です。そもそもGDPの前身であるGNP(国民総生産)が最初に考案されたのは、1930年代の大恐慌と第二次世界大戦でした。フーバーが大統領だった1932年、米議会上院は世界恐慌の米国経済への影響を理解するため、国民所得を推計することを商務省に要請。商務省は、ソビエト連邦の成立でロシアを脱出したベラルーシ出身の若手経済学者、サイモン・クズネッツさがGNPを開発しました。つまり、「どれだけ悪いか」を知るための指標として開発されたものです。
1971年にノーベル経済学賞を受賞したクズネッツですが、生みの親でありながらGNPを完全なものと考えていませんでした。「国家の福祉は、(GNP開発のとき定義した)国民所得というものから推計することはほとんどできない」と述べています。
明治維新以降、日本は帝国主義の時代の中、軍事力拡大で「最強の国」を目指しました。敗戦後、日本は経済成長を追い求めGDP「最大の国」を目指しました。次はGDPの呪縛を放れ「最強」でも「最大」でもない「最良の国」を目指すべきです。
〇生産年齢人口一人当たり成長率は日本がトップ
また、世界の学者は「一人当たりGDP」は「ますます誤った印象を与える指標」と主張します。経済学者のヘスース・フェルナンデス=ビジャベルデ(ペンシルベニア大学)、グスタボ・ベンチュラ(アリゾナ州立大学)、ウェン・ヤオ(中国・清華大学)の各氏です。は彼らが1人当たりGDPの代わりに注目するよう提案しているのが生産年齢人口1人当たりGDPです。
1月2日のウォールストリートジャーナル。「日本の経済成長率はG7トップ、この指標なら・・総人口の代わりに生産年齢に注目すると、日本は先進7カ国の下位から1位に浮上する」という記事が掲載されました。
1990年から2019年の間、日本のGDPの年間成長率は1%未満で、米国の約2.5%を大きく下回りました。1人当たりGDPの成長率では日本が0.8%と停滞したのに対し、米国は1.5%でした
しかし生産年齢人口1人当たりGDPでは両国の差はほとんどなくなり、成長率は日本が1.44%、米国は1.56%。リーマンショックの2008年から新型コロナウイルス禍直前の2019年までの期間では、生産年齢人口1人当たりGDPの成長率はG7で日本が最も高かったというのです。
つまり、日本の高齢化率は世界でも有数な急速で働く人が少なくなり、高齢化で働かない人の比率が増えている。家族で言えば、給料をもらってくる人が少なくなり、年金で暮らしている人が多くなる。大雑把に給料÷家族数を一人当たりGDPと考えれば、一人当たりGDPが少なくなるのは当たり前。それでも、なんとか食い止めているのは、給料を稼ぐ「生産年齢人口」=現役世代が成長率を上げて頑張っているということになるのです。
日本は今後、高齢化が進む世界の他の国にとってモデルになりえます。日本の人口減少が始まったのは2010年。しかし、15歳から64歳までの生産年齢人口は30年前の1990年代前半から減り始めています。
ウォールストリートジャーナルは「生産年齢人口で見たGDPから分かるのは・・日本は素人目にも明らかにうまくやっていることだ。瀕死とされた経済成長が30年間続いても、日本はまだ明らかに富裕国で、生活水準は高い」と日本をほめているのです。
〇「最良の国」を目指すには・・ライフスタイルを変えよ
私は38歳から47歳まで、高輪の衆議院議員宿舎にいました。小泉元総理と同じ宿舎でした。48歳から57歳まで、ソフトバンクまで車で10分の港区のタワーマンション住まいでした。充実した日々でありましたが、多忙でした。世界と日本がグローバリズムの大波に巻き込まれる中で、日本および企業がどう進むかを考え、実行する日々でした。政治でも企業でも「経済成長の復活」「売上高最高」をめざしました。GDP「最大の国」を目指していたのです。
ソフトバンクを退任したのを機に、松下政経塾で若き日を過ごした湘南に移住して、7年目になります。ライフスタイルを変えるために湘南移住を決意した時に参考にしたのが、「世界を不幸にしたグローバリズムの正体」などの著者で、ノーベル経済学者のジョセフ・スティグリッツの論考です。スティグリッツは「経済成長率を超える幸福度指標の提案」で経済指標のGNPを作り直そうとしています。
「今後、どうやって生きていくかを考え、ライフスタイルを整えていく必要がある。・・暮らし方を変えたほうが良い・・生活水準の向上を考えるとき、より重要なことはモノではなく、『どう生きるかだ』」スティグリッツ氏は生活水準を上げるために、以下のような具体的な事例を5つ挙げています。
1,住みよい都市に住む 2,車を持つ必要はない 3,食事が重要 4,自然を楽しめる環境、公園 5,夜でも散歩できる環境
私がこれを参考にどのようにライフスタイルを変えたかを以下に述べたいと思います。
1.住みやすい都市に生きる事である・・移住した辻堂は「本当に住みやすい街」ランキング1位なのだそうです。移住した頃は茅ケ崎や鎌倉に比べ地味で、1位ではなかったのですが(笑)
2.公共交通機関があれば、車を持つ必要はない・・駅まで3分の駅近を住まいとし、運転免許証は返上しました。環境にも貢献できます。東京まで約50分の駅です。
3.大事なのは適切な食事だ・・相模湾でとれた新鮮な魚が家から2分の魚屋さんで買えます。野菜も安く、食費は港区の3割は安くなります。
4.自然を楽しめる環境、公園・・辻堂海浜公園などたくさんあります。なんといっても海が近く、海岸を散歩すると左に江ノ島、右に富士山が見えます
5.夜でも安心して散歩ができること・・夜でも、もちろん安全です。家での風呂代わりに夜行く温泉付きのスポーツジムまで徒歩4分です。しかも、会費は港区の半分です。
家の隣は湘南テラスモールがあり、毎日夕食前に30分散歩してます。冷暖房も効いており、絶好の散歩ルートです。
私は湘南移住をしたことで「最良の国、日本」をつくるヒントを得たような気がしています。コロナによって、オンライン会議、在宅ワークがニューノーマルになりました。現役世代でも、移住でライフスタイルを変えることはできます。都心部でなく、ちょっと離れればウォールストリートジャーナルのいうように「瀕死とされた経済成長が30年間続いても、日本はまだ明らかに富裕国で、生活水準は高い」ことが実感できるのです。
地方の首長は「住みやすい都市」を創ることに全力を注ぐべきです。それが、日本が「最良の国」になることにつながります。
私のように老年になった者は、生産年齢世代=現役世代が頑張っていてくれていることに感謝し、2024年もこころ豊かに過ごしてゆきたいと思っています。そして、現役世代は、生産年齢人口の成長率はG7でトップであると自信をもって仕事をしていただきたいと思います。そして是非「最強」でも「最大」でもない「最良の国」日本を創ってください。